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2013年8月30日 (金)

「焼き場に立つ少年」

今年も夏がゆきます。8月が終わります。

戦争を知らない僕達さ、なんて歌いながら育ってきたことを思い返す歳になりました。
そんな時に出会った写真「焼き場に立つ少年」です。
ネット上でご覧になった方も多いと思います。
終戦後、長崎に進駐したアメリカ軍の従軍カメラマンが撮影して保管していた写真とのことです。
なぜなかなか公開されなかったかなどの経緯はネット上にありますので省略。

わたしたちは戦争の悪いことと勇ましいことの二極ばかり伝聞してこなかったか。
戦争に良いも悪いもない、嫌なことという一言に尽きると考えています。
この10歳の少年の気持ちに思いを巡らし抱きしめることができなければ真の平和など唱えられないのではと。
世界中に戦火が絶えません。
日本も他人面できないシリアの情勢緊迫、そして尖閣諸島あたりの天然ガスなどの資源を一人占めしたい隣国。
批判や否定、逆に賞賛でもなく『嫌な』『目をそむけたい』『禁忌の』戦争の記録をしっかりと見て、これからに活かさなければ「焼き場に立つ少年」の思いが繋がっていかないのではと思います。
大震災と同じく、戦争もまた『想定外』では済ませられない。
ただ、震災とちがって備えと知恵とで避けられるはず。
リンク元をご紹介いたします。

2013年8月29日 (木)

【本日ノ一献】飫肥杉

夏休みの終わりに宮崎県日南市に投宿。

宿でキープした『飫肥杉』は20度ということもあって、みるみる半分に。

その土地で、その土地の食べ物で、その土地の酒をいただく幸せ。

酒や醤油、味噌は土地それぞれの味。

特に芋焼酎はその局地性が高いと思っています。

県境どころか市町村境を越えると味が極端に変わるところが面白い。

さて、残りは持ち帰り自宅で吟味。

うん、フーゼル油の爽やかさ!

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2013年8月27日 (火)

日南海岸

今年の夏を見送る入り江のホテル

ツクツクボウシも鳴きやんで

ただただ、波の音

日南海岸、入り江のホテル。


2013年8月15日 (木)

タエガタキヲタエテイルカ

終戦と言っても樺太や千島列島、そして満州などではソ連赤軍が押し入りシナ朝鮮の暴徒は略奪強姦など非道極まりなく、日本軍による自衛戦闘が続いていたそうです。本来の『終戦』は降伏調印式のあった9月2日ではないかと。

そんな中で『玉音放送』があった日。

その現代語訳を転載。自分の保存用にも。

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[文書名] 終戦の詔書
[年月日] 1945年8月14日
[出典] 日本外交主要文書・年表

『私は世界の大勢と我が国の現状を深く考え、通常でない方法を使ってでも事態を収拾しなければならないと決意した。
このことについて、忠実で善良な国民の諸君にお話ししようと思う。
私は政府に命じ、アメリカ・イギリス・中国・ソ連の4国に対して、先にこの4国の出した共同宣言の受け入れを通告させた。
もともと、国民が健康で安心して暮らせるように、また世界がともに繁栄していけるようにするというのは、天皇家が昔から掲げていた目標であり、私も常々努力していたことである。
先にアメリカ・イギリスに宣戦したのも、我が国が滅びないように、また東アジアが安定するようにと思ってのことであり、決して他国の主権をそこない、領土を侵略しようと思ってやったことではない。
ところが、戦争はすでに4年目に入っている。
その間、私の陸海軍の将兵は勇敢に戦い、私の政府の官僚は懸命に働き、私の国民は国のために力をつくし、各々最善を尽くしていたが、戦況は必ずしも好転していない。
世界の大勢も我が国側に不利である。
さらに、敵は新たに残虐な爆弾を使って罪もない人々を多数殺傷し、戦争の惨害はまさにはかりしれないものになってきている。
このまま戦争を継続すれば、しまいには我々日本民族の滅亡を招くだけでなく、人類の文明そのものを破壊しつくしてしまうことになるだろう。
このようにして国民を滅ぼしてしまっては、私は天皇家代々の先祖の神霊に決して許してもらえないに違いない。
これが、私が政府に対しアメリカ・イギリスなどの共同宣言に応じるように命じた理由である。
私は我が国とともに東アジアの解放に協力してくれてきた同盟国諸国に対して申し訳ないと思う。
また、我が国の国民で、戦場や職場で非命に死んだ者、またその遺族のことを思うと体が裂けるような思いである。
さらに、戦争で傷つき、戦災を受け、家や職場を失った人々をどう助けていくかということも、私は深く案じている。
今後、我が国の受ける苦難は並みたいていのものではないだろう。
国民諸君の苦しみも私はよくわかっているつもりである。
しかし、時の運には逆らえない。
私は耐えがたい敗戦の事実をあえて耐え忍び、将来のために平和な世の中を開こうと思う。
私はこうして、国を滅ぼすことは避けることができた。
私は、今後も諸君の忠誠を信頼し、常に国民とともにあるつもりである。
今後、感情にまかせてむやみに騒ぎを起こしたり、自国民同士で争いあったりすれば、国の将来をそこない、世界の信用を失ってしまうだろう。
そのようなことは決してしてはならない。
これからは国をあげて、子孫を残し、日本が決して滅びないという確信を持たねばならない。
その責任は重く、道は遠いが、総力を将来の建設に傾けねばならない。
人道と正義を重んじ、強固な精神を保たねばならない。
そうすれば、日本の誇りを高く掲げつつ、世界の進歩について行くことができるであろう。
国民諸君には、どうかこの私の願いを実現してもらいたいと思う。』

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左も右も無関心も、せめて今日だけは心静かに黙祷をと思います。

Hanaze