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2010年8月31日 (火)

花瀬望比公園で8月を見送る。

花瀬望比公園にて8月を見送ること
8月の終わり、墓参り。
開聞岳の山麓にあるフィリピン群島戦没者の慰霊碑がある公園に来ている。
会ったことのない祖父はミンダナオ島で戦死ときいている、享年27。
墓に骨はないので、ここ『望比公園』にもたまに来ることにしている。
子供の頃に預けられていた大叔母から聞いた『戦車兵だった』が戦死地以外の唯一の情報で、他にはなにも知らない。父も僕が20歳のときに他界してしまい、手がかりは現在ない。ミンダナオに戦車を有する部隊は存在したようだが、その隊員名簿に祖父の名は見当たらない。
戦後になって海軍だと戦艦や零戦乗りが増えたように陸軍の祖父も増えた戦車兵のひとりかもしれない。さて、どんな最後だったろう、生まれたばかりの父を思っていたにちがいない。

父の亡くなった齢をすぎた今年に気になり始めたことがある。

『僕は禿げるのか』

僕の血筋で生存している男子最高齢は僕自身。さて血筋での享年記録更新中ですが、果たして禿げるのか!?

フィリピン群島での戦病死者は軍関係者だけでも50万人以上とか。戦域で沈んだ艦艇やたどり着けなかった輸送船、そして民間人の数を入れたらどのくらいか調べていないけど、帰れなかった大勢の人たちの中に祖父がいる。
帰ってきて教えて欲しい、僕は禿げるのか、僕の国は渇れているのか。

第二次世界大戦での日本の戦死者は約230万人、民間人も約80万人が犠牲になったと教えられた。その一人一人に物語があったはずで『約何人』というのには違和感がある。その大勢の尊い犠牲の上に僕たちは立っていることを忘れてないか。戦後65年、役者を選ぶような選挙と目先のお金の話ばかりで、国家観について議論が聞こえてこない国会や政治報道でよいのか…と頭に手をやり禿げてないことを確認しながら東シナ海に沈む夕日を見送る。

8月を見送る。

2010年8月 2日 (月)

次は右に振れる

CDなんて冷たい音だ、レコード盤がいい!

なんてこといってた頃をなつかしく思いつつ

カセットよりもMDは便利だなとやってたら

デジタルオーディオプレーヤー・・・

ベータとかVHSっていってたら

レーザーディスクは星のかなたへ旅立って

DVDかブルーレイで、さて再生だとモニターつければ

テレビ電波にデジタル信号登場の脅迫状。

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なつかしくアルバム開いての団欒はなつかしく

PCさえいらずのフォトフレームがテーブルの上。

彼女とのデートも、苦い思い出も

甘い青春も、鮮血の修羅場も

誇りも歴史も

すべて「0」と「1」の配列上。

左も右も

リベラルも保守も

その間がよかったのに、この国は

デジタルの便利さに酔いしれて

去年は左に振れた。

次は右に振れる。